とりあえずやってみた

とにかくやってから、考えます

「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」

こんにちは やぐらです。

こんな職場ありますねえ。

今回は、久しぶりに 人の悩みに勝手に無責任回答をしていきます

 

職場で嫌われてます

(goo)

 

自分もあまり群れる感じではないので、 一人ぽっちにはよくなります。

 

ただ、ちょっと気になったのは

 

去年、旅行に行ったお土産を出したら箱菓子の封すら切られてない。

 

ここです。

ある意味、ポリシーと行動がいっしょで 自分的にはまだいいほうだと思いますよ。

 

あくまで想像ですが、

ここまで関係を持たないことを 徹底しているのならば

「困ったときだけ寄ってくる」

というのもないのではないかとおもいます。

 

これはこれで、ある意味やりやすいですよ。

自分はこの

「徹底的に避けられる」

という経験はなくて

 

あいさつしない

返事しない

雑談しない

仕事助けない

連絡事項を伝えない

 

という状況になっていても

 

自分が旅行に行って

職場にちょっと高級そうなお菓子を置いてみたときに

あっという間に食べつくされて、

お礼も味の感想も言われない、

みたいな人たちばっかりでした。

 

「徹底的に嫌う」

「徹底的にかかわりを持たない」

というのは、

社会生活上相当の信念をもたないと

なかなかできないと思いますよ。

 

事件が人を作っていくのではないらしい

で、気になったのが

この回答の中に出てきたフレーズ

「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」

 

この言葉の第一感は、

「うまいこと言うなあ」 といった感じ。

 

元をたどりますと、

向田邦子さんのエッセイ 「父の詫び状」 のなかの

「お軽勘平」 というところに出てくるそうです。

 

この中では 小林秀雄が言った となっていますが、

どの著作のどの部分なのか はっきりしてないらしいです。

 

この

「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」

の意味合いとしては、

 

事件がその個人を作っていくのではなく、

事件のほうが人を選んでいる のだそうです。

 

そういわれれば そんな気もしますし

そうかなあ? と思うところもあります。

 

まあ、いつものとおり 自分に置き換えてみます。

(他人の人生は見れませんので・・・)

 

事件という大事件は なんかありましたかねえ?

 

ある日バイト先のパチンコ屋が火事になりましたが、

半年後に住んでた木造アパートも火事になりました。

 

それくらいですかね。

 

自分の個性が 半年間で2回火事を引き寄せた? と、

解釈すればいいんですかね?

 

周りの人はいろいろな人がいるはずだが・・・

職場では自分の性格のせいなのか、

よくわかりませんが、 基本仲間はずれにされます。

 

これは、おそらくですが、

人に対する接し方が 毎回同じなので

同じ風になっている のかもしれません。

 

相手方はいろんな性格、年齢、立場 のひとがいるはずですが、

なぜか同じ結果になります。

 

自分は人として 気づかない問題があるのかもしれません。

 

これは、自分の個性が引き寄せてる と言われれば、

そうなんでしょう。

 

人が先か?運命が先か?

この 「父の詫び状」 のなかの 「ねずみ花火」 というお題のところで  

この店〔喫茶店〕には十人ほどの女の子がつとめていたが、中に一人とても気のつく子がいた。十七、八の小柄な細面の子で、小まめにお茶を入れかえてくれたり、伝言なども正確に伝えてくれた。  ある時、私が仕事の疲れでうつぶして寝込んでしまい、頬にビニールをバラの花形に切りぬいたテーブル・クロスの型が赤くついてしまった時も、彼女は、笑いをこらえながら、蒸しタオルを何回も取りかえてくれたりした。  心づけ代りにハンカチでも買ってそっと手渡そうかな、と思っていた矢先、おひるのテレビ・ニュースに突然、被害者として彼女の写真があらわれた。  つきあっていた男友達に殺されたのである。みごもっていたこともあり烈しく結婚を迫ったのが理由だとアナウンサーは事務的な口調でしゃべっていたが、首を絞められ古材木の浮かぶ濁った掘割に投げ込まれていたと聞いて、私は食事をつづけることが出来なかった。  私の知っている彼女は、笑い顔のあどけない人なつっこい少女だった。話をする時、人に体をもたせかける癖が気になったが、ユニフォームの下からのぞく細い足にはまだ充分に育ち切らない稚さ〔おさなさ〕があるように思っていた。だが、子供っぽい薄い胸の中にはこんな修羅場を抱えていたのである。人を見る目が幼かったのは、むしろ私の方であった。  ウェイトレスや看護婦さんや、ユニフォームを着て働く人を見るたびに、この下には、一人一人、どんなドラマを抱えているかも知れないのだ、十把ひとからげに見てはいけない、と自分にいいきかせている。 □(「ねずみ花火」134-5)

というのがあるのですが、

 

これを、作者が 「自分の見る目がない」 というのは、

ちょっと自分を卑下しすぎではないですかね。

 

逆に 「この人近々死ぬな」 なんて言うほうが、

ちょっと怖いです。

 

 

そして個性にあった事件に出会ってしまったのか?

さて、 「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」 ですが・・・・

 

ご存知のとおり 作者の向田邦子さんは

1981年(昭和56年)8月22日、

旅行中の台湾苗栗県三義郷で 遠東航空機墜落事故にて死去してます。

享年51。

 

飛行機墜落事故に出会う

向田邦子さんの個性とは いったい・・・?