「誰かの役に立てるかもしれない」ブログ

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年をとるのはしょうがないとして・・・

こんにちは やぐらです。

 

この回は本のレビューです。

 

藤子・F・不二雄SF短編】「老年期の終わり」です。

 

割と最近読んだ気もしますが、

昭和53年(1978)に発表されたんですね。

いまから39年前です。

 

藤子先生も亡くなってもう20年なんですね

 

この漫画のあらすじは

地球から5000光年離れ、銀河系の中心近くに位置する星ラグラング。歴史が始まって5000年が過ぎたこの星は、都市の大半が無人となり、わずかな住民が残るだけとなっていた。そんな中、5000年間一度も鳴らなかった警報装置が鳴り響く。この警報装置は船籍不明のロケットが上空に侵入すると鳴るというもので、着陸したロケットの内部には人工冬眠状態の少年がただ1人寝ていた。医者のタマゴであるマリモの治療により意識を取り戻した少年は、6000年前に地球から異星の文明と出会うための旅に出たイケダという宇宙飛行士で、総督と面会を果たし地球代表としての友好の意を伝える。だが、そこで総督は衝撃的な事実を告げる。ラグランクは恒星間航路の拠点としての役目を終え、明日にも無人の星と化すどころか、なんとイケダを含む最後の住民はワープ航法で60日後には地球に戻るのだ。家族や恋人をも捨てた6000年間が無駄となったことに、イケダは絶望して気絶してしまう。

再び意識を戻し、ガールフレンドが歌う『マギー、若き日の歌を』に聞き入るイケダに、ゲヒラはラグラングの歴史と人類の現状を語りだす。ラグラングが星としての一生を終えようとしているのと同時に、極度の出生率低下や宇宙各地からの撤退などが進み、人類という種族そのものが老年期を迎えて衰退しつつある。だが、ゲヒラは人類が何度も滅びかけながら種族として存続してきた、このことを評価するという。気が滅入る話が続くのに嫌気が差したマリモは、イケダを連れてラグラングを案内するが、どこも無人の廃墟と化し、空港長も昔日の思い出に耽るばかりであった。ラグラングからの最終便が出る日、着々と住民たちの宇宙船への搭乗が進む中、イケダは自分が乗ってきたロケットの調整を行っていた。イケダは人類の退行に反論し、可能性を求めて再びラグラングから外宇宙へ旅立つという。マリモはイケダの決意を一度は止めるが、イケダの情熱に感化され、旅への同行を申し込む。地球人から失われて久しい冒険心と若さを二人の姿に見たゲヒラは、生まれ育った母星ラグラングに一人残り続けることを選択する。遠い未来、遠い宇宙で人類が再出発する可能性を感じながら、ゲヒラは飛び立つ二つの宇宙船を見送るのであった。

 ものすごい大好きな作品なので、

つい長く引用してしまいました

 

(気になる方は作品を読んでください)

 

自分はほんとにこの作品が大好きで、

最後に旅立つ青年を見守る老人が、

 

「われわれが失ったものが、まだこの青年にはあったのだ」

 

という場面は、涙が出ます。

(いまこの時点で泣きそうです。)

 

そうです。 あきらめたらダメなんです。  

 

通る道はみんな同じ?

有名ブログが、

 

どのようにして有名になったか?

 

というのを色々みてみたら

 

とにかくこの2点

 

・続けること

・中身をいいものにする努力をすること

 

というのが必ず言われます。

 

あるブロガーの方は、

「とにかく1日3回更新する」

を、厳守して

今では月間100万PV達成してるそうです。

 

やってみてわかりましたが、

これは、はっきり言ってものすごいことです。

まず、3つもネタが思い浮かばないです。

 

ブログを書くようになってから、

身の回りに起こったことを、

気にかけるようになりましたが、

幸い特に大事件もなく、

平和なのでネタには苦労します。  

 

老いてくる、とは?

今日「老年期」という言葉を出したのは、

自分の

「もしかして老い?」

ということがいくつかあったから。

 

いま現在(48歳)

体の外見というか、外面でいえば、

顔は年相応だと思います。

 

 

白髪は今のところ基本的にはありません。

たまに1本発見しますが、

それを抜くとしばらく現われません。

 

目は、先日運転免許の更新でメガネを作り変えるために、

眼科に行きましたが、どうも老眼ではないようです。

(もともと強度の近視)

 

一番衰えを感じるのは、

「やはり物覚えが悪いなあ」

というところ

 

「覚えても忘れる」

というよりは

「頭に入っていかない」

という感じ

 

前の職場では、特にひどかったのは

おばちゃんたちの顔と名前が一致しない人が

いっぱいいたこと。

 

自分のそばで仕事しない人は

まったく頭にはいりません。

 

若い子はその日のうちに 覚えますけどね。

 

これは、若いから覚えるというよりは

目立つから覚えやすい

 

(おばちゃん30人に、

 若い子2人だとさすがに目立つしね)

 

というだけで

 

若い子ばっかりだと たぶん誰が誰だかわからないと おもいます。

(最近そういう職場にいたことがないので、 実際にはどうでしょう)

 

今日も あるおばちゃんから

 

「○○さん見なかった?」

「あ、わかんないです」

「もしかして、だれだかわかんない?」

「はい」

「私の名前はわかる?」

「××さんですよね」

「すこし違うよw」

 

こんな感じです。

 

もう少し若いときは、

自然と触れる機会があれば、

興味がなくても、おぼえれた気もしますが、

今は意識して覚えようとしない限りは

いつまでたっても覚えません。

 

逆に自分のほうは、

目立つのかどうかわかりませんが、

必ず名前で呼ばれます。

 

(このひとと初めて話するような気もするけど・・・)

みたいな人は、いっぱいいます。  

 

興味を持とう

 

では、お約束のお悩み相談

「名前を覚えられない」

で、検索してみます。

 

・人の名前を覚えられないのは、興味がないから

→ その通りです。

 

・人の名前を覚えられないのは、抽象的な世界に生きているから

→ ?。そうなんでしょう

 

・人の名前を覚えられないのは、病気?

→ なんとか症候群とかありますからね

 

・人の名前を覚えるためには・・・

→ 長谷川浩子さんと、いう方の著書の紹介

なかなかいいこと書いてました

まあ、興味を持とう とうことですかね。

持てるかなあ?

 

この回終了。

 

 

 


では。