とりあえずやってみた

とにかくやってから、考えます

「つらい事があっても友達に話さない」って常識じゃないの?

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こんにちは やぐらです。

今回はこちら

「友達と何の話するの?」

です。

 

個人的なことですが、そこそこ長い人生のうち、友達関係というのは長くても2年くらいしか続いたことがないです。中学校から数えましたらだいたいそうなります。中学、高校のパターンとして、1年生でのクラスが2年生に上がるときにクラス替えして、3年生も同じクラスだとすると、約2年になります。

 

なぜ、2年で途切れるかといえば、環境が変わってから再会すると、相手からの自分の扱いが極端に変わってるからです。

(あくまでも主観的な話)

わかりやすく言うと、例えば、小学校5,6年生のとき同じクラスでかなりの時間いっしょに遊んでいた「友達」がいるとします。

中学校はそれぞれ違うところに行き、その間は特に交流はなく、高校生でまた同じ学校になったとします。高校1年生の新学期から少し時間がたって、廊下なんかで久しぶりに会ったとしましょう。

 

やぐら「おー、久しぶり」

友達「おー、で何?」

やぐら「(えっ?)」

 

いきなり目の前で、開いていたシャッターを全力で閉められてしまいました。

 

やぐら「元気?」

友達「まあまあまあ」

友達の友達(自分の知らない人)「おー、久しぶり」

友達「おー、変わってないね」

やぐら「(なんだこの差は?)」

 

こんな感じですね。これは12~13歳頃の話ですが、その後約30年間人間関係はこんな調子ですね。一度、関係が離れてしまうと、それで終了です。しばらくぶりに会ったとしても

「いやーあのときはこんなだったね」

なんて話にはなったことがありません。

 

どうも

「やぐら?そんなやついたっけ?」

みたいな扱いをされるのがほとんどです。

(被害妄想ではないと信じたい)

 

 

 

 

 

特にお互いの環境が正反対になったときは、このズレが大きくなるような気がします。

高校のとき、東京の大学に受験のため一緒の宿に泊まったことがある人にしても、高校卒業して2年後に会ったとき、ものすごいよそよそしかった印象があります。

 

自分は働いていて、相手は大学生でしたが、彼の言った

「なんでそんなに一生懸命働いているの?」

というセリフは、一生忘れることはないでしょう。

 

このことを、地元で高校卒業してすぐ就職した別のやつに言ったら、

「たしかに、俺が会ったときもそんな感じだったよ。なんか働いていることをナメてるような気がした」

ということを言われました。

 

そのときは、環境が変われば考え方が変わるのはしょうがないにせよ、自分と違う立場の人間を否定するような態度に、とてもがっかりした思い出があります。

(これは自分の側にも言えることかもしれない)

 

大げさなことをいえば、高校生という多感な時期に、人生とか将来とか大学とか恋愛とか結構いろんなことを話してきたつもりでも、環境が変わると同じ環境の身近な知り合いが優先されるのは、しょうがないことではあります。

 

ただ、友達って何年離れていても、顔を見た瞬間に時間が巻き戻ってしまうのかと思っていましたが、社会人を経験していくにつれ、

(自分の思い込みが激しいのかも)

と思うようになっていきました。

 

こんな話を色んな人に聞いてみましたが

「やぐらって意外と純情なんだね」

と言われたのが一番びっくりしました。

 

みんなうまく立ち回ってるんですかね。

 

自分がこの辺をうまくできないのは、

「なにかと顔に出るから」

です。

 

他人に言わせると

「何考えてるか顔を見れば一発でわかる」

らしいです。

 

ある後輩からは

「やぐらさんは、話しかけていいときと、話しかけちゃいけないときがわかりやすい」

と言われたこともありましたね。

 

社会人になってからは、

「なんでそんな納得してない顔すんだよ」

「なんか文句あんのか?」

と、何度も言われました。

 

自分はどんな顔してるんですかね。

 

そんなことがありまして、今回のタイトル

「つらい事があっても友達に話さない」って常識じゃないの?

ということになります。

 

これは2段階のポイントがあります。

  • つらいことを友達に話すか?
  • 話している相手は友達なのか?

 

社会人なりたての頃は、会社の同僚とかに、質問とか意見交換とか相談とかをわりと多めにしていたほうだと思います。

 

25才のときにいた会社での出来事は、最悪でした。

ある先輩に

「なにか言いたいことあるなら、なんでも言えよ」

と言われたので、本当になんでも言ったら

「別にお前の話なんか聞きたくないんだよね」

と言われてしまいました。

 

これを同期のやつに言うと

「まあ、そう気にすんな」

と、なだめられましたが、『やぐらがこういうことを言っていた』というのが先輩上司に筒抜けになっていたことに気づき、以後自分の身の上話をすることは、その会社では一切封印することにしました。

 

まあ、この会社については、環境が悪かったということにしておきましょう。

 

また、その当時その会社に行く前に働いていたところで、かなりプライベートでも仲良く遊んでいたやつに話をしても、

「いやー別にそういう話は聞きたくない」

と言われたことにもショックを受けました。

 

(実は、自分は相当嫌われていたのかもしれない)

という風になり、それ以降は特に「友達」を作ることもせず、人間関係を深くする、ということを避けて生きることにしました。

 

友達に話すか?いうよりも

「友達って何だ?」

と、いうことのほうが問題としては大きいように思います。

 

そう考えますと今は、ブログとかSNSが発達していて、ほんとに救われている気がします。つらいことを吐き出すだけなら、直接人に言うよりは、はるかにハードルが低くなってますからね。

 

 

 

 

 

 

 

個人的には、

「つらい事があっても友達に話さない」

というのは、マイナスではなく「ゼロ」と考えます。

これは悪いことではなく「普通」と思いましょう。

 

これに対して

「つらいことを話せる友達がいる」

というのは、「ものすごいプラス」と思います。

そういう友達がいなくても構わないけれど、いたらいたでもちろんいいことではあります。

 

また、逆の立場で考えたときに

「自分はつらいことがあった人から気軽に話しかけてもらえるか?」

ということも考えておきましょう。

 

個人的には、そういう風に話しかけられたら、ちゃっと聞く用意はあるつもりです。

この手の話を聞いてもらえる人、という評価をされている、というのは悪いことではありませんからね。

 

当然、相手の要望によって聞き方は変わりますが、

「一度ちゃんと受け止めますよ」

という姿勢はあるつもりですけど。

 

(ただ、実際には『あまり話しかけるなよ』というオーラを感じる、とか言われる)

 

 ちょっとだけでも

「相手の立場とか考え方」

を、理解しようとすることはやはり必要なことのように思います。

 

自分の意見、考え方を持ちつつも、相手のことも考えられる、という人間になれるように頑張りたいと思います。

 

では。