とりあえずやってみた

とにかくやってから、考えます

「こんな子供になってほしい」というのは親のエゴなのか?

f:id:gogojuggler1969:20190908200043j:plain

 

 

 

 

子供は親の希望通りに育つのか?

 

こんにちは やぐらです。

ちょっといろいろ思うことがありまして、育児書を読みはじめたところであります。今回はこの2冊と別にプラス3冊(計5冊)を読んでみました。

 

「自分の頭で考える子」になる育て方 ~地頭をよくする9つの力

「自分の頭で考える子」になる育て方 ~地頭をよくする9つの力

 

 

 

「非認知能力」の育て方:心の強い幸せな子になる0~10歳の家庭教育

「非認知能力」の育て方:心の強い幸せな子になる0~10歳の家庭教育

 

 

個人的には、「未婚独身、実子も隠し子もなし」なので「幼児教育」とか特に気にしなくても生きていけるのです。

しかし今年は通り魔やら放火やら嫌な事件がありまして、ニュースやワイドショーなどでは「どんな育ち方をするとああなるのか?」ということが中心に報道されることがたびたびありました。

(やたら子供、学生時代のことが報道されるのは、「犯行の原因は育ち方にある、と主張したい」としか思えないのですが、それだけではないと思いますけどねえ・・・)

 

元農水事務次官の方が息子を殺してしまった事件では、親が子供に対する自分の育て方に責任を感じて及んだ犯行、というふうに伝えられています。

 

事件を起こしてしまった人に対して、「子供に対する親の育て方が悪かった」というのは簡単ですが、結果論に過ぎないような気がしますし、この事件を起こした人の通りに子供を育てると、必ず凶悪事件を起こすようになるかと言えば、そんなことはないとおもわれます。

 

 

 

 

 

どんな子供になってもらいたいか? 

こういうふうに育ってほしい、と親が思うのはごく自然なことですし、「人様に迷惑をかけずに」「大人になったら自立して稼いでいけるように」なんかは「人間の生きる意味」くらいの大目標といってもいいでしょう。

 

ただ、個人的に違和感が出始めるのが「では、実際にどう子供を育てるのか?」「具体的にはどんな子供になってもらいたいか」というところ。

 

自分の違和感の元になっていることは、20代のころに読んだどこかの新聞記者がヨーローパに赴任したときに書いた本の内容に影響されています。

この本の内容は、この記者の方が感じた日本とヨーロッパの生活習慣や考え方の違いなどを記事にしたものです。その本の内容が「いい悪い」というのは別にして、その内容が自分にとって「心に刺さってくる」ことが多かったからです。

 

本を読んだのは25年以上前ですが、特に記憶に残ってる内容があります。

 

ある国(たしかイギリスだったと思う)の小学生の母親たちが、子供たちにもっと自主的に勉強するようになってもらおうということで、学校の先生に宿題を多く出してもらうようにとか、もっと課題を増やしてもらおうとか、先生に直接掛け合ったそうです。

 

その時の先生の答え

「勉強すること自体はいいことですが、全員が学者になってしまったら、世の中成り立たなくなりますからねえ」

 

「学者も政治家も清掃員もトラック運転手もサッカー選手も世の中には必要です。」

 

「いい言い方ではありませんが、もし『勉強しないと子供がこんな職業にしかつけない』と親御さんが思っているのであれば、それはちょっとよろしくないと思いますよ。」

 

「世の中のルールとかは教えないといけないですが、その他は子供の興味が出るのにまかせましょう。勉強に興味が出てくればたくさん勉強すればいいことです」

 

このときの母親たちは、なにも言い返せずに帰っていったとか。

 

これは日本(というかどこでも)にも当てはまることです。最低限生活できるようであればいいわけで、「職種」というのは本来、何でも良いように思います。

 

それと、同じ本の内容かどうかは忘れましたが、父親の職業年収に対して、子供にどうなってもらいたいか?というのが、日本とヨーロッパでは多少の違いがあるようです。

 

日本では

「勉強しないとお父さんみたいになるわよ」

と、母親が口酸っぱく言うイメージになっています。

 

これに対してヨーロッパでは

「勉強しないとお父さんみたいになれないわよ」

と、日本と逆のことを言うのです。

 

「医者の息子が絶対医者に」というレベルではなく、一般的な職業でもこういうふうに言うらしいですね。日本では父親は「サゲ」られてしまいがちですが、外国では「父親は偉大」という前提のようです。

 

個人的には、この記事の説得力がありすぎて、以後自分の人生にかなり影響を与えています。

「自分がやったことがない職業を馬鹿にする人」「職業に貴賎のある人」に、たびたび出会ってきましたが、自分的には最も「嫌いなタイプ」です。自分が出来ないことを誰かがやっているから世の中は回っているのです。自分に迷惑をかけるわけでもないのに、なぜあんなに「他人を卑下」するのか理解に苦しみます。

 

 

 

 

逆にどんな子供になってもらいたくないのか?

 

それを踏まえまして、教育関連の本を読むと実はかなり違和感を感じます。

まず、「教育」なので、「どういう子供になってもらいたいか?」というのが全面に出てきます。親なので子供に対するなにかしらの思いは当然あります。

 

たとえば、冒頭の本のタイトルは

「自分の頭で考える」

「心の強い幸せな子になる」

と、なっていますがこれは誰の希望、目標なんでしょうか?

 

当然親の希望、願いです。

 

子供自身が「自分の頭で考えるようになりたい」とは、言うことがないですから、当然親の希望です。

「おれはもしかして、メンタル弱くて不幸なのかも?」と子供自身が考えることもないのでこれも親の希望です。

 

親がこう思うのは自然なことですし、特に悪いことはありません。

 

ただ「こうなってもらいたい」というのですから、当然「こうなってもらいたくない」というのが裏表セットになっているはずです。

この「こうなってもらいたくない」というところに多少の「違和感」を感じるときがあります。

 

「世の中のルールを守る」「他人に迷惑をかけない」という社会規範的なことは、しっかり教えておかないといけないところです。

これの裏「世の中のルールはたまに破っても良い」「自分だけ良ければ他人が嫌な思いをしてもいい」と正面切って教える親はほとんどいないでしょう。

(残念ながら、口では直接言わないにしても、態度、行動で「そんなことしていいんだ」と子供に思わせてしまうような親はときどきいる)

 

「自分の頭で考える子」にしたいのですから、「自分の頭で考えられない子」になってもらいたくないのです。とすると「自分の頭で考えられない子」というのはそんなに悪いことなのか?というところです。

 

また、もう一方の本も「心が強い」と「幸せになる」といってますので、「心が弱いと不幸になる」と思ってる、と取られかねない気がします。

(多分に個人の思い込みのせいもある)

 

なぜ、そう思うのかと言うと、この本に書かれていることではないですが、「こんな子供になってほしい」の先には「収入の高い職業についてもらいたい」という本当のゴールがあるように思うからです。

 

その「収入の高い職業についてもらいたい」自体は良いと思いますが、裏返すと「収入の低い職業にはついてもらいたくない」ということになります。これも生活していかなくてはいけないので、特に間違った考え方ではないと思います。

 

ただ、親が「職業には貴賤がある」という態度だとすると、間違いなく子供に伝わるような気がするのですが・・・

 

これと同じことで「非認知能力」という言葉を検索すると、

非認知能力とは、一般知能(IQ)とは関係のない、粘り強さ、協調性、やり抜く力、自制心、感謝する力といった類のものです。

引用:第64回 IQよりも重要な「非認知能力」を高めよう | ヒューマンキャピタル Online

 

と、なっています。しかしこの「非認知能力」にも以下のような説明がつきます。

 

実証分析の結果、これらの非認知的スキルは、学歴、賃金、昇進の違いに統計的に有意な影響を与えていたことが明らかになった。

引用:https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/14e023.html

 

ざっくり言うと、「非認知能力を上げると収入もあがるかもよ」となりますね。

やはり、「収入を上げるために」という目的が見えてきます。

何度も言いますが、「収入を上げようと思う」こと自体に問題があるわけではありません。

「収入の上がらなそうな仕事」を卑下しなければいいのです。

 

 

 

 

親には永久になれない気がする

 

そして、とりあえず2冊の本を読んだ率直な感想は、

「やること多すぎ」

の一言に付きます。

 

ここまでしないと「いい親」にはなれないのか?と思うと、自分なら確実にパンクしそうです。よく、育児は妻に任せきりとかいう人がいますが、妻もパンクしますよ。

(それでも、「ぐちを言う」くらいで済んでいるなら、相当できた嫁さんですから大事にしましょう。というか旦那も家事育児をしましょう。)

 

「自分の頭で考える子」のほうは、目次がこんな感じです。

第1章 コミュニケーション能力を伸ばす―地頭の基礎となる「人の話を聞ける力」と「自分の意見を言う力」
第2章 共感力を伸ばす―「やさしさ」と「思いやり」は人間関係の土台をつくる
第3章 自立心を伸ばす―自分を信じ、自ら決断できる「根」を育てる
第4章 責任感を伸ばす―「約束を守る子」は仲間と信頼関係が築ける
第5章 人を敬う気持ちを伸ばす―マナーとルールを理解した「人に好かれる子」にするために
第6章 正直さを伸ばす―「思いやりの嘘」と「人を傷つける嘘」の違いを教える
第7章 独立心を伸ばす―リスクを恐れずチャレンジする子の特徴とは?
第8章 感謝する気持ちを伸ばす―与えすぎると幸せになれない
第9章 ユーモアの能力を伸ばす―「いじめ」をかわし、失敗を笑える強さを身につける

 

例えば第1章なら、「コミュニケーションを能力を伸ばす」ためには、という内容なので、そのためには

・年齢に合わせて場所を変える

・子供との間に壁になるものを置かない

・子供にアイコンタクトを強要しない

・(以下続く)

ということをしましょう、となっていますが、この本全体でこのようなことが少なくとも200項目以上書いてあります。

 

著者は育児関連のコンサルタントをしていた人なので、著者が出会った人たちが悩んでいたことをすべて網羅すると、この位の量になるのでしょう。ただ、「これを全部こなさないと『自分の頭で考える子』にならないのでは?」と思ってしまったら、とても実行するのは無理です。

(あくまでも未婚独身子なしの感想。子育て経験があればこなせるのかも)

 

このあたりが、自分が積極的に子供がほしいと思わない理由の一つになります。

 

そして、「自分がこういう考え方になるのは、自分の幼児、小学生くらいの教育が原因なのではないか?」ということに行き着いたので、教育関連の本を読んでみた、となります。これが「諸事情」というやつです。

 

(特に子供が生まれる予定ができた、ということではない)

 

今回読んだ本は子供の能力の話が中心なので、性格形成関係の本にはまた違うように思うことが書いてあるのかも知れません。引き続き教育関連の本を読んでいきたいと思います。

 

では。