とりあえずやってみた

とにかくやってから、考えます

これからの高齢者は、Amazonでしか買い物できなくなるのかもしれない

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叫んでも品物は出てこない

自分は、現在某小売店に勤務しておりますので、仕事中にお客さんからいろんなことを聞かれます。

聞かれることで、一番多いのは、現在扱ってる商品の在庫の有無。

棚が空っぽだとかなりの高確率で聞かれます。

状況としては値札が商品棚についていて商品がない、ということです。

 

働く側からのわがままを言わせてもらえば、基本的に在庫があれば売り場に出します。売り場にないということは、これもかなりの高確率でバックヤードにもないのです。

(たまたま納品のトラックがその時来ていた、みたいな状況だと在庫があることもある)

なので、基本的に売り場の棚になければ、裏にもないと思っていただいたほうが、お互い時間の無駄にならないかと思いますが・・・

 

やはり、人間のやることなので売り場の発注担当者が思ってたよりも商品が売れてしまうことがあります。1週間で2個しか売れないものが、たまたま一人のお客さんが一度に10個買っていってしまうこともありますのでねえ・・・・

 

事前に必要数がわかっていれば予約をしていただければ、ほぼ100%希望の時間に希望の商品数を揃えられるはずです。

 

あと、罵声を浴びせたり、叫んだりしても商品は出てこないので、できればそういうことはやめていただければ幸いです。

 

(そういうことすると、次に店に来づらくなると思うんですが、あまり気にしてないのか、ほぼ毎日来る人もいますね)

値札がない商品は、ほぼ100%裏にも商品はありません

 

次に、値札すらない商品

(要するに店として採用していない商品)

は、さらに高確率で店の裏に商品はありません。これはほぼ100%です。

「なんでないの?」と聞かれても、「なんでなんでしょうね~」としか答えようがありません。

 

有名メーカーの商品は、基本的なラインナップは大抵の店にあるはずですが、メーカー製品でもちょっと聞き慣れないものは、扱わない可能性があります。

 

ひとことで言えば「基本的に売れてないものは採用されない」のです。これが原則です。

 

 

 

 

 

 

高齢者こそAmazonを利用すべし

これを踏まえまして、よく聞かれるのが

「以前あった商品は、もう取らないのか?」

ということ。

 

これは、ほとんどの場合

「売れてないから、店、会社が商品を不採用にした」

となります。

 

ただし、メーカーでは、まだその商品を作っている可能性が高いです。

 

で、たまに扱いに困るのが、商品がないことに対して納得しない高齢者の方々。

 

「前にあった、あの商品がない」

「なんで?」

 

もはや最初から質問ではないです。すでに文句です。

 

発注は自分の担当ではないので、担当者に聞きに行くと

「売れないから、ずいぶん前から発注しても、取れないよ」

といわれます。

 

自分もその商品を見なくなって半年くらいたっていたりします。

 

で、そのお客さんにその旨を伝えると

「いや、おかしい。自分はここに来ると必ず買ってるのに」

と、憤慨されてしまうわけです。

 

POSデータがあるので、販売数は店側で把握できています。あまり言いたくはないですが、店側で不採用になるくらいですから、1日に1個売れていない可能性があります。

最悪の場合、ある特定の人が一人だけその商品を買っているケースもあります。そうなると俗に言う「死に筋商品」の仲間入りになってしまうんですね。

 

こういうケースでは、メーカーでは製造している可能性は高いので、どこかしらのお店で採用されている可能性がありますが、大手チェーンほど、その商品を採用している可能性は低くなるでしょう。街のタバコやさんとかで、ちょっとした雑貨食品を扱ってるようなところのほうがそういう商品をおいてある可能性が高いです。

 

ただ、自力で小さな店をめぐるのも実際にはできないので、どうしてもほしければ通販とかネットで探すほうが効率的です。

 

 

世の中の大半の商品は消えゆく運命にある

あくまでもイメージですが、高齢者になればなるほど今まで食べたことがある商品を選択していきます。自分が勤務中、店の中をぐるぐる回って新商品の売れ方を観察していても、新商品は若い人のほうが買っていく確率が高いです。

 

コンビニの場合、それほど広くない店舗に約2000種類以上の商品があり、1年後には7割の商品が入れ替わってる、と言われます。

スーパーとかだと、カテゴリーだけで約650あると言われていまして、たとえば清酒は5000種類あるともいわれています。

なので、特定の商品にこだわると売れてるものはいいですが、ちょっと売れいきが悪いものは1年後には売り場から消えていくことがほとんどになります。

 

なので、「前にあったあの商品はもうないの?」というのは、「売れないからなくなった」と考えるのが自然です。

 

こういうふうに聞いてくるお客さんは

「あれ美味しかったのに~」

と、おっしゃいますが、

 

「まずいから、売り場からなくなった」

のではなく

「売れてないから、売り場からなくなった」

のです。

 

(大きな声では言えませんが、まずいのにすごい売れる商品というのは実際にある)

 

「まずい=売れない」のではないのと同じく

「うまい=売れる」のでもないのが商売の難しいところですね。

 

そこでお気づきかと思いますが、この高齢者の買物の仕方は明らかに「ロングテール」です。もしかしたら、ある特定の高齢者しか買わないものなのかもしれません。

そうなると一般の小売店では扱えない商品になります。Amazonは広大な倉庫に保管しておけるから1年に1個しか売れなくてもその商品を扱えるのであって、スーパーといえども、店舗の広さはAmazonの倉庫の何百分の1ですから、「商品の回転率」優先になるのは、仕方がないところです。

 

なので、高齢者こそネットを駆使して、自分のこだわりの商品を注文するほうが効率がいいはずです。配達のお兄さんが4階まで階段を登って商品を持ってきてくれますしね

運送業者の方は、ほんとうにご苦労さまであります)

近所のスーパーにいって、「あの商品がない、むきー」となるよりは、精神衛生上だいぶよろしいかと思いますが・・・

 

 

 

ネット通販ができれば、買い物弱者にはならない

ということで、高齢者の皆様、お近くにどなたかインターネットを教えてくれる人がいたら、ぜひやり方を聞いてみてください。

大手のスーパーなら、ネットで注文できますし、午前中に頼めばその日のうちに配達もしてくれるはずです。

また、近くのスーパーにない商品ほど、インターネットで扱ってるケースが多いです。

 

買い物弱者とか言われますが、今は、なんとか村であっても配達の業者の人が来てくれますので、がんばってインターネットを使えるようになっていただければ幸いです。

 

 

 

 

自分の高校生時代に最も強く記憶に残っている「色」とは?

 

 

 

高校生の時に「鈍色」という「知識」を得る

こんにちは、やぐらです。

 

自分の高校生時代に、最も強くはっきりと覚えている「色を表現する言葉」は「鈍色」です。

「にびいろ」と読みます。

 

これは、「自分の高校生時代を表すとこんな色」ということではなく、「鈍色」という言葉、表現があることにびっくりした、感嘆した、という意味合いになります。

 

この言葉を知ったのは小説からです。

なんの作品かは思い出せないのですが、北方謙三さんのハードボイルド小説の中に「鈍色の空」という表現があったのです。

 (おそらく『眠りなき夜』と思われる)

 

空の様子を表現しただけなのですが、初めて「鈍色」という「言葉」を見たときに、「北方謙三っぽい」と妙に納得した覚えがあります。

 

作品の雰囲気と「鈍色」という言葉のチョイスが、高校生の自分にとって「北方謙三かっけ~」となったわけですね。

そのため、以後北方謙三ばっかり読むという時期がありました。(歴史にほとんど興味がないので、北方謙三歴史小説は読んだことはない)

 

 

 また、文学表現としての「鈍色の空」というのは、いくつかの作品で見られます。

 双眸そうぼうは、なおひらかれて、光をうしなった視線を、雨曇りの鈍色にびいろの空へ送っていた。

柴田錬三郎『赤い影法師』

 せたくらい景色を抱くのは、その鈍色の空に押さえつけられた低い尾根だ。

 岩井志麻子ぼっけえ、きょうてえ

  鈍色にびいろの空に朝からちらちらと小雪の舞う、寒い日のことでした。

浅田次郎壬生義士伝 上』

引用: 

【鈍色の空】の例文集・使い方辞典 - 用例.jp 

 

上記のうち、北方謙三の作品(『眠りなき夜』は1986年発表)より古いのは、柴田錬三郎の作品が1963年発表になります。なので「鈍色の空」というのは、それなりに昔からある表現、と言えそうです。

 

柴田錬三郎の作品は読んだことはありません。

自分にとって「鈍色の空」は「北方謙三作品」だったからこそ、小説を読んでから約30年後の今でもはっきり覚えている、ということなんでしょう。

 

 

 

 

 

「鈍色」ってどんな色?

さて「かっこいい~」と思いつつも「実際にはどんな色のこと?」となるのは自然な流れ。

 

小説を読んだのは約30年前のお話なので、当然インターネットはないわけでして、調べるために辞書を引いたわけです。

 

「鈍色・にびいろ」は、辞書的には「喪服の色」とされていまして、「真っ黒よりもほんのすこし灰色寄り」となっております。

 

その知識を得た純朴な高校生だったやぐら少年は、「喪服って黒じゃなくて鈍色なんだぜ~」と密かに得意げになっていたわけであります。

 

 

現代はインターネットがありますので、もう少し調べてみましょう。

 

「薄墨(うすずみ)に青花を混ぜたような色、黒橡(くろつるばみ)のうすい色など灰色系の色。喪服に使われる凶色。天皇が親族の喪に服するときは鈍色を「錫紵(しゃくじょ)」といった。鈍色は、僧侶が着る法衣の名前でもあり、その場合は「どんじき」と読ませる。(以下略)」

 引用:「定本 和の色事典」と「レファレンス共同データベース」より

 

的確な表現と思われますが、「なるほど~」という感想しか出てこないのが「自分の知識の無さ」の残念なところであります。

 

そして、実際にどんな色?となりますと、こんな感じです。

 

www.colordic.org

 

これでいくと「黒」というより「灰色」とされる感じですかね?

現代の「喪服の色」とはちょっと違う気もしますし、よく見たら喪服というのは実際はこんな色なのかもしれません。

 

鈍色の「色コード」です。

 

RGB:

(114︰113:114)

 

 

下記のサイトにRGBの数字を入力すると、色を表示してくれますので、お試しください

RGBカラーシミュレータ

 

 

 

「色」というテーマで書きなさい

今回「色」について書いた理由になります。

 

あるとき「ある授業で強制的にテーマを決められて、そのテーマに沿った文章をひたすら書かされていた」とい書いている人がありました。

 

その方は、トータルで文章を1000本以上書いたとか。

 

このテーマを強制されるということは、ブログのテーマが浮かんでこなくて文章を書けていないときには、なかなかいい方法なのではないかと思います。

 

そこで、自分も見習いまして、ブログ(エッセイ)のテーマを強制的に指定してくれるサイトなどを読んでみました。まず目に入ったのは「『色』をテーマに文章を書いてください」ということでした。

 

ということで「色」について考えてみた、ということになります。

 

まず、記憶を頼りに、一気に書いてみました。

そして、インターネットで細かいところを補足すると、なんとなく自分の記憶のところどころに空いていた小さな穴をふさいでくれて、すっきりした道路というか土地というか、そんなものが完成したように思います。

 

今回はこんなところで。

 

では。

 

 

 

 

「プリンアラモード」が目線の高さにあってはいけない理由を知る

 

 

 

 

無知は、示されてから気づくもの

こんにちは、やぐらです。

 

今回は、毎日見慣れていたものでも、なんで「そのようなシステム」「そのような形」になったのか?というのは、「だめな状態」を見てから初めて理解するものである、というような、文字にするとちょっと長いお話になります。

 

 

先日、自分の職場で商品の模様替えがありまして、ほぼ1日中作業していたようであります。

(自分も作業に参加していましたが、途中で時間通りに定時帰宅)

 

もちろん、現場からの意見でそうなったわけではなく、上の役職の人たちが、どうも定期的に売り場を大改造してしまうらしいのです。

自分は、商品の移動の途中で帰ってしまったので、完成型を見たのは翌日のことでしたが、これがまあなんとも、違和感どころか嫌悪感すら感じる状態にされていました。

 

特に、自分の体が拒否反応を示していたのが、「スイーツコーナー」になります。

 

背が高めの冷蔵ケース目一杯に各種スイーツが詰め込まれていまして、プリンアラモードが目線の高さにあったわけです。

 

ぱっと見で違和感がありました。プリンアラモードを下から見上げることになるので、プリンの上に何が乗ってるのか見えないのです。

 

(ずいぶん不親切な感じになったなあ~)

 

と、同時に

 

(そういえばケーキを見上げたことってないよな~)

 

とも思いました。

 

 

違和感の理由がわかりました。

「ケーキは見下ろすもの」だからです。

 

そもそも、変更前のスイーツ売り場も、高さが1mくらいの冷蔵ケースにありまして、商品を見下ろす感じになっていました。これだと一番上にプリンアラモードを配置しても、プリンの上になにが乗ってるのか一目でわかります。

 

そもそも、店舗の中にケーキの専門店が出店しているので、そこのショーケースを見ればすぐにわかります。ショーケースは1mくらいの高さで、店員さんと相対すると、店員さんの胸から上が見えるくらいの状態になります。

 

こう思うと、自宅の近所のケーキ屋さんも、某コージーコーナーも、そして某ローソンのスイーツコーナーも、某セブンイレブンも、みんなそうです。

 

うちの店の偉い人たちが、よく言えば、世の中の流れに逆らって、新しいことに挑戦している、悪く言うと、「なんにも知らない」のどちらかになります。

 

ただ、この目線の高さのプリンアラモードを見て、自分も初めて気づくところがあった、のは確かです。

 

 

 

 

 

 

ケーキ屋のショーケースの高さの理由

 ケーキ用のショーケースの高さが、なぜその高さなのか?という直接の理由を文章で、はっきり書いてあるものはちょっと見当たりませんでした。

 

そこで、業務用冷蔵ケースメーカーの製品を、いくつ見てみます。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 手っ取り早く楽天で探しましたら、結構色んな種類を売ってました。

(本格的にお店をやりたい方は、専門の業者を調べたほうがよろしいかと)

 

共通するのは高さです。背が高いものでも1200mm以上のものは、ほとんどありません。やはりケーキは見下ろすほうが自然です。1番下の棚であれば、床から50cmくらいです。これも特に違和感はなく、見慣れた風景であります。

 

 

 

 

 

 

 

この人についていきたい、とは絶対思わない

 

想像ですが、世の中にケーキというものが登場してから、いくつかの販売、陳列方法が試されていまこの形に落ち着いている、というのは、ある意味完成形といえます。

 

ビジネスで成功するには、全くのオリジナルを考えるよりも、うまくいってることをマネしたほうが可能性は高い、といわれていますので、うちの会社(上の役職の人たち)は、今後会社の方針を現場で働いている人たちに、将来性を見せることができるのかどうか・・・・

 

まあ、自分は一番下っ端なので、

「いやー、部長って天才ですね~」

と言いつつ

(自分だったらこうするかも)

と、日記にでも書いておくことにしましょう。

 

(褒め倒す、というスキルは身につけておいたほうが無難)

 

 

自分が上の立場だったらどうするか?

自分は「実は何も知らない」という前提に立って、知っていそうなことも一から調べ直す、ということをしたほうが良さそうです。

 

もしくは、流行っていそうなケーキ屋にいって、陳列の仕方をパクってくるかもしれません。

 

または、現場の担当者の意見を聞く、1日中スイーツ売り場の付近でお客さんの動きを観察してみる、とか。

 

やり方はいくつかあるでしょう。

 

「自分のやり方は、100%正しい」

「自分は、神か天才である」

と、思い始めたらその時点で、成長、進化はとまります。

 

人間のやることは「永遠のβ版」という認識くらいがちょうどいいのです。

 

 

 

 

 

 

 

可能性は、まだまだある

 こんな状況の店内ですが、このあとどうも社長か次の役職の人が、売り場を見に来るらし、のです。

 

現場の従業員間では、その視察が終わったら

(こっそりちょっとずつ商品の配置を変えちゃおう)

という「合意」が 、すでに出来上がっています。

 

 

このままだと、いまいち売れない商品が長居することになってしまうので、売れる商品を多く陳列したいところです。これは、現場の体感とPOSデータの方が遥かに正確です。

 

まあ、下っ端から偉い人達に希望するのは、外部からとにかくおっ客さんを引っ張って来てもらいたい、ということです。「集客」に専念してもらえば、現場に口出すよりも売上があがりそうですが・・・

(といいつつ、責任はとれないので、黙ってることにする)

 

 

なぜそうなったのか?を考えることは重要 

 普段なにげなく使ってるもの、慣れ親しんだシステムが、なぜそうなったのか?を考えることは、とても大事です。また、人間の感情も、何があってどうしてそう思うようになったのか?ということも重要です。

 

今回の例だと、自分の違和感から発展して、「こういうことで、こうなってるんだ」というのがわかりました。結果、ひとつ賢くなりました。

 

日々の生活でも、ほんのちょっとだけいろんなことに興味を持ってみましょう。

 

では。

 

 

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個人的に、無性に食べたくなるスイーツ屋さんです。

フィナンシェがおすすめ。

かなり濃厚ですよ

 

 

元逆鉾関が58歳で死去。相撲取りの短命傾向が他人事ではない、というお話

 

 

 

膵臓がん生存率のイメージ

 

 

こんにちは、やぐらです。

 

今回はこちら

 

www.nikkansports.com

 

井筒親方(元関脇逆鉾)が9月16日に亡くなりました。58歳だそうです。一般的な日本人の平均寿命からすると明らかに「若い」うちに亡くなった、ということになります。

 

死因は膵臓がん「など」となっています。直接の死因は、はっきり伝えられてませんが、膵臓がんは「治りにくい『がん』」というイメージがあります。

膵臓がんは、正確に言うと早期発見できれば生存率も悪くないらしいのですが、とにかく早期発見が難しく、発見できたときには「手術できない」となっていることが多いため「生存率が低い」こととなっています。

 

 

 

 

 

相撲取りと58歳という年齢

気になるのが「相撲取り」という職業です。とにかく体を大きくするために、無理矢理にでも食べないといけない、という印象があります。そして「酒を異常に飲む」というイメージもあります。そのため「内蔵の負担」は、かなりのものではないかと想像されます。

 

井筒親方の場合、内蔵の具合は不明ですが、食生活との因果関係はどうだったのでしょうか?

 

イメージ的には、「相撲取りは短命」というのがあるので、実際にどうなのか?

有名力士の死亡時年齢は、以下の通りになります。

(番付は最高時)

 

横綱

双羽黒   55才(慢性腎不全)

隆の里   59才(急性呼吸不全)

千代の富士 61才(膵臓がん)

北の湖   62才(多臓器不全)

輪 島   70才(咽頭がん他)

 

大関

貴ノ浪   43才(急性心不全

初代貴乃花 55才(口腔底がん)

 

超有名どころの力士は、こんな感じになっています。

直接の死因からはイメージしづらいですが、他の病気で割と長めに入院や療養、症状がひどい状態が続いていた人も多く、「生活習慣」がなにかしら影響を受けていたと想像されるところです。

(糖尿病が多い印象)

 

体重100キロは相撲取りなみ?

他人事でない、というのは自分も50才になり、体重もなかなか減量することもなく、ほぼ100キロあたりを数年うろうろしています。

 

健康診断でも血糖値が「そろそろやばいよ」というくらいですし、心臓も不整脈的なものがあって、ペースメーカー入りとなっております。

 

番付が下の人であれば、若いうち(現役中)に亡くなっている力士も数名いまして、病名の多くは心不全心筋梗塞など、心臓に関するものが多いです。

(これは食生活以外のところが関係してそう)

 

個人的に多少言い訳すると、酒は全くと言っていいほど飲みませんし、(12~3年、1滴も飲んでいない)たばこもやめて10年以上になります。

 

(血糖値高めなのは砂糖のとりすぎかも?)

 

 

 

 

 

糖尿病は要注意

とにかく気をつけるべきは糖尿病です。

 

横綱双羽黒は、糖尿病の悪化で、ほぼ失明状態、意識混濁で、死亡間際は娘を識別出来なかったと伝えられています。

 

 

血糖値コントロールには気をつけないといけません

 

 

「こんな子供になってほしい」というのは親のエゴなのか?

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子供は親の希望通りに育つのか?

 

こんにちは やぐらです。

ちょっといろいろ思うことがありまして、育児書を読みはじめたところであります。今回はこの2冊と別にプラス3冊(計5冊)を読んでみました。

 

「自分の頭で考える子」になる育て方 ~地頭をよくする9つの力

「自分の頭で考える子」になる育て方 ~地頭をよくする9つの力

 

 

 

「非認知能力」の育て方:心の強い幸せな子になる0~10歳の家庭教育

「非認知能力」の育て方:心の強い幸せな子になる0~10歳の家庭教育

 

 

個人的には、「未婚独身、実子も隠し子もなし」なので「幼児教育」とか特に気にしなくても生きていけるのです。

しかし今年は通り魔やら放火やら嫌な事件がありまして、ニュースやワイドショーなどでは「どんな育ち方をするとああなるのか?」ということが中心に報道されることがたびたびありました。

(やたら子供、学生時代のことが報道されるのは、「犯行の原因は育ち方にある、と主張したい」としか思えないのですが、それだけではないと思いますけどねえ・・・)

 

元農水事務次官の方が息子を殺してしまった事件では、親が子供に対する自分の育て方に責任を感じて及んだ犯行、というふうに伝えられています。

 

事件を起こしてしまった人に対して、「子供に対する親の育て方が悪かった」というのは簡単ですが、結果論に過ぎないような気がしますし、この事件を起こした人の通りに子供を育てると、必ず凶悪事件を起こすようになるかと言えば、そんなことはないとおもわれます。

 

 

 

 

 

どんな子供になってもらいたいか? 

こういうふうに育ってほしい、と親が思うのはごく自然なことですし、「人様に迷惑をかけずに」「大人になったら自立して稼いでいけるように」なんかは「人間の生きる意味」くらいの大目標といってもいいでしょう。

 

ただ、個人的に違和感が出始めるのが「では、実際にどう子供を育てるのか?」「具体的にはどんな子供になってもらいたいか」というところ。

 

自分の違和感の元になっていることは、20代のころに読んだどこかの新聞記者がヨーローパに赴任したときに書いた本の内容に影響されています。

この本の内容は、この記者の方が感じた日本とヨーロッパの生活習慣や考え方の違いなどを記事にしたものです。その本の内容が「いい悪い」というのは別にして、その内容が自分にとって「心に刺さってくる」ことが多かったからです。

 

本を読んだのは25年以上前ですが、特に記憶に残ってる内容があります。

 

ある国(たしかイギリスだったと思う)の小学生の母親たちが、子供たちにもっと自主的に勉強するようになってもらおうということで、学校の先生に宿題を多く出してもらうようにとか、もっと課題を増やしてもらおうとか、先生に直接掛け合ったそうです。

 

その時の先生の答え

「勉強すること自体はいいことですが、全員が学者になってしまったら、世の中成り立たなくなりますからねえ」

 

「学者も政治家も清掃員もトラック運転手もサッカー選手も世の中には必要です。」

 

「いい言い方ではありませんが、もし『勉強しないと子供がこんな職業にしかつけない』と親御さんが思っているのであれば、それはちょっとよろしくないと思いますよ。」

 

「世の中のルールとかは教えないといけないですが、その他は子供の興味が出るのにまかせましょう。勉強に興味が出てくればたくさん勉強すればいいことです」

 

このときの母親たちは、なにも言い返せずに帰っていったとか。

 

これは日本(というかどこでも)にも当てはまることです。最低限生活できるようであればいいわけで、「職種」というのは本来、何でも良いように思います。

 

それと、同じ本の内容かどうかは忘れましたが、父親の職業年収に対して、子供にどうなってもらいたいか?というのが、日本とヨーロッパでは多少の違いがあるようです。

 

日本では

「勉強しないとお父さんみたいになるわよ」

と、母親が口酸っぱく言うイメージになっています。

 

これに対してヨーロッパでは

「勉強しないとお父さんみたいになれないわよ」

と、日本と逆のことを言うのです。

 

「医者の息子が絶対医者に」というレベルではなく、一般的な職業でもこういうふうに言うらしいですね。日本では父親は「サゲ」られてしまいがちですが、外国では「父親は偉大」という前提のようです。

 

個人的には、この記事の説得力がありすぎて、以後自分の人生にかなり影響を与えています。

「自分がやったことがない職業を馬鹿にする人」「職業に貴賎のある人」に、たびたび出会ってきましたが、自分的には最も「嫌いなタイプ」です。自分が出来ないことを誰かがやっているから世の中は回っているのです。自分に迷惑をかけるわけでもないのに、なぜあんなに「他人を卑下」するのか理解に苦しみます。

 

 

 

 

逆にどんな子供になってもらいたくないのか?

 

それを踏まえまして、教育関連の本を読むと実はかなり違和感を感じます。

まず、「教育」なので、「どういう子供になってもらいたいか?」というのが全面に出てきます。親なので子供に対するなにかしらの思いは当然あります。

 

たとえば、冒頭の本のタイトルは

「自分の頭で考える」

「心の強い幸せな子になる」

と、なっていますがこれは誰の希望、目標なんでしょうか?

 

当然親の希望、願いです。

 

子供自身が「自分の頭で考えるようになりたい」とは、言うことがないですから、当然親の希望です。

「おれはもしかして、メンタル弱くて不幸なのかも?」と子供自身が考えることもないのでこれも親の希望です。

 

親がこう思うのは自然なことですし、特に悪いことはありません。

 

ただ「こうなってもらいたい」というのですから、当然「こうなってもらいたくない」というのが裏表セットになっているはずです。

この「こうなってもらいたくない」というところに多少の「違和感」を感じるときがあります。

 

「世の中のルールを守る」「他人に迷惑をかけない」という社会規範的なことは、しっかり教えておかないといけないところです。

これの裏「世の中のルールはたまに破っても良い」「自分だけ良ければ他人が嫌な思いをしてもいい」と正面切って教える親はほとんどいないでしょう。

(残念ながら、口では直接言わないにしても、態度、行動で「そんなことしていいんだ」と子供に思わせてしまうような親はときどきいる)

 

「自分の頭で考える子」にしたいのですから、「自分の頭で考えられない子」になってもらいたくないのです。とすると「自分の頭で考えられない子」というのはそんなに悪いことなのか?というところです。

 

また、もう一方の本も「心が強い」と「幸せになる」といってますので、「心が弱いと不幸になる」と思ってる、と取られかねない気がします。

(多分に個人の思い込みのせいもある)

 

なぜ、そう思うのかと言うと、この本に書かれていることではないですが、「こんな子供になってほしい」の先には「収入の高い職業についてもらいたい」という本当のゴールがあるように思うからです。

 

その「収入の高い職業についてもらいたい」自体は良いと思いますが、裏返すと「収入の低い職業にはついてもらいたくない」ということになります。これも生活していかなくてはいけないので、特に間違った考え方ではないと思います。

 

ただ、親が「職業には貴賤がある」という態度だとすると、間違いなく子供に伝わるような気がするのですが・・・

 

これと同じことで「非認知能力」という言葉を検索すると、

非認知能力とは、一般知能(IQ)とは関係のない、粘り強さ、協調性、やり抜く力、自制心、感謝する力といった類のものです。

引用:第64回 IQよりも重要な「非認知能力」を高めよう | ヒューマンキャピタル Online

 

と、なっています。しかしこの「非認知能力」にも以下のような説明がつきます。

 

実証分析の結果、これらの非認知的スキルは、学歴、賃金、昇進の違いに統計的に有意な影響を与えていたことが明らかになった。

引用:https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/14e023.html

 

ざっくり言うと、「非認知能力を上げると収入もあがるかもよ」となりますね。

やはり、「収入を上げるために」という目的が見えてきます。

何度も言いますが、「収入を上げようと思う」こと自体に問題があるわけではありません。

「収入の上がらなそうな仕事」を卑下しなければいいのです。

 

 

 

 

親には永久になれない気がする

 

そして、とりあえず2冊の本を読んだ率直な感想は、

「やること多すぎ」

の一言に付きます。

 

ここまでしないと「いい親」にはなれないのか?と思うと、自分なら確実にパンクしそうです。よく、育児は妻に任せきりとかいう人がいますが、妻もパンクしますよ。

(それでも、「ぐちを言う」くらいで済んでいるなら、相当できた嫁さんですから大事にしましょう。というか旦那も家事育児をしましょう。)

 

「自分の頭で考える子」のほうは、目次がこんな感じです。

第1章 コミュニケーション能力を伸ばす―地頭の基礎となる「人の話を聞ける力」と「自分の意見を言う力」
第2章 共感力を伸ばす―「やさしさ」と「思いやり」は人間関係の土台をつくる
第3章 自立心を伸ばす―自分を信じ、自ら決断できる「根」を育てる
第4章 責任感を伸ばす―「約束を守る子」は仲間と信頼関係が築ける
第5章 人を敬う気持ちを伸ばす―マナーとルールを理解した「人に好かれる子」にするために
第6章 正直さを伸ばす―「思いやりの嘘」と「人を傷つける嘘」の違いを教える
第7章 独立心を伸ばす―リスクを恐れずチャレンジする子の特徴とは?
第8章 感謝する気持ちを伸ばす―与えすぎると幸せになれない
第9章 ユーモアの能力を伸ばす―「いじめ」をかわし、失敗を笑える強さを身につける

 

例えば第1章なら、「コミュニケーションを能力を伸ばす」ためには、という内容なので、そのためには

・年齢に合わせて場所を変える

・子供との間に壁になるものを置かない

・子供にアイコンタクトを強要しない

・(以下続く)

ということをしましょう、となっていますが、この本全体でこのようなことが少なくとも200項目以上書いてあります。

 

著者は育児関連のコンサルタントをしていた人なので、著者が出会った人たちが悩んでいたことをすべて網羅すると、この位の量になるのでしょう。ただ、「これを全部こなさないと『自分の頭で考える子』にならないのでは?」と思ってしまったら、とても実行するのは無理です。

(あくまでも未婚独身子なしの感想。子育て経験があればこなせるのかも)

 

このあたりが、自分が積極的に子供がほしいと思わない理由の一つになります。

 

そして、「自分がこういう考え方になるのは、自分の幼児、小学生くらいの教育が原因なのではないか?」ということに行き着いたので、教育関連の本を読んでみた、となります。これが「諸事情」というやつです。

 

(特に子供が生まれる予定ができた、ということではない)

 

今回読んだ本は子供の能力の話が中心なので、性格形成関係の本にはまた違うように思うことが書いてあるのかも知れません。引き続き教育関連の本を読んでいきたいと思います。

 

では。

 

 

 

 

【超重要】営業を断るなら、理由を述べずに一直線に断ること

https://yukita-akira.com/wp-content/uploads/2019/08/01BK04002024.jpg

 

 

 

あなたは、プライベートの時間に何かの営業がやってきた場合、断るときに何と言ってますか?

 

「いりません」

「時間がないので」

「忙しいので」

 

簡単に引き下がる営業だと、話は早いのですが、なかなかしつこく食らいついてくる営業の人もたまにいます。

 

「なぜ、こんなにしつこいのだろう?」

 

と、思うこともあります。

 

それは、なぜかと言えば、契約がとれずに会社に帰ると、それはそれは人様には言えないような仕打ちが待っているからです。

 

なので、相手に嫌われるとか怒られるとかほとんど気にしていません。「その程度」で済むなら、会社に帰ったあとに「瀕死の重傷」を負うのと比べれば、これっぽっちも気にしていません。

 

電話営業なら何回も同じ人から掛かってきたり、家の前で呼び鈴を何回も押されたりとか、「もはや犯罪じゃねーの?」と思われる一歩手前のところまでやる人も実際にいます。

 

なぜここまでやるのかと言えば、先程言ったとおり会社に帰ったらひどい仕打ちが待っていることと、他の人に同じようなことを何回もやっているので、「捕まらないギリギリのライン」というのを知っているためです。

 

当然、ここまでやる営業相手には、普通の断り方ではなかなか諦めてくれません。

 

そこで、これくらいしつこいレベルの営業相手を断るための最善の方法は、「無表情、無感情、『いりません』のオウム返し」が最強の断り方になります。

 

何も考えず、何も思わず、ただただ「いりません」を繰り返します。

 

(いたって普通なのでは?)

と思うところですが、これを最後までやりきるのが難しいところになります。

 

最初の数回はこの通りできても、数回断っても諦めない営業に対して、ついつい余計なこと(怒ったり、断る理由をつけたりとか)をしたために、そのことについて突っ込まれるからです。

 

一番多いのが、断るときに「理由」をつけてしまうこと。

この理由が本当か嘘か、本音か建前か、は関係ありません。

 

なぜ、まずいのかというと「条件付きで断っている」と相手に取られるからです。

 

条件が合わないので断ってる

→ 条件が合えばOK

 

というふうに持っていかれてしまいます。

 

例えば

「忙しいから今時間ない」

と言ったとしても、

 

向こう側の理屈では

 

時間ない → だめ

時間あれば → OK

 

と、なってしまっています。

 

よくある例では「時間ない」と断っても、昼休みとか日曜日の夕方とかに再びやってきて「今なら時間ありますよね」と言われてしまいます。

もちろん口からついつい出た建前上の断りでも、こんな感じで突っ込んできます。

 

 

 

 

 

特に、ちょっと話を聞いてしまったために何かを買わされそうになってしまった場合

 

「お金ないので」

 

と言うと大丈夫、と思ってる人は要注意。

 

 

お金ないので買わない

→ お金あれば買う

 

または

→ ローン組んで支払えれば買う

 

というふうに持っていかれて、逃げられなくなります。

 

営業の側からすると、「断り文句」というのは、何百種類もあるわけではないので、「こう言ってきたらこう返す」というのがほぼ確立されています。経験値が違いすぎるので、素人の浅い考えではまず太刀打ちできないでしょう。

 

そのため、断り文句のなかに「条件付き」に出来る言葉、単語が出てくるように営業トークを展開していくので、その「スキ」を与えないように、「余計なことは何も言わない」というのがベストなわけです。

 

自分が不動産営業のときには、「『マイホームは持ちたいですよね?』と最初に言え」と教わりました。

 

本音でも建前でも「そりゃ持ちたい」という言葉を引き出してから、それに対してがんがん営業トークをしていくわけです。

 

「いやいらない」と言われても、

「家賃払ってますよね?家賃と同じ金額で持てれば持ちたいですよね?」

とか、

「宝くじ当たったら、まず家買おうって思いますよね?」

まで言うと、9割の人は「そこまでいけばマイホームは持ちたい」となります。

 

建前でもいいんです。「いま言っちゃいましたよね」となればそれでOKです。

 

 

営業トークの展開の仕方として、この言葉を引き出してさえいれば、その後断り文句が出てきても、「最初に『マイホームを持ちたい』とあなたが言ったから、ここまで話をしてきた」という理屈が成り立つわけです。

(あくまでも不動産会社側からの言い分)

 

自分のいた会社が特殊なのかどうか、他社のことを知らないのでなんとも言えませんが、

「建前で断ってるのに」

という言葉に対しては、

「私は不動産営業という人間の一生を左右する仕事をしている。あなたが家を持たないというのはいいとしても、自分の仕事に対して、もしからかっている、というのならそれはさすがに許すことはできない。あなたは私をからかってたんですか?」

という展開をしていました。

 

これは、会社のマニュアル的な営業トークではなく、自分が在籍していた当時いちばん営業成績のよかった人が使っていた、会話の展開の仕方になります。

 

この言い方をすると、一定割合の人が「そんなつもりはなかった。すいません」となって、こちらの話を素直に聞くようになり、実際に契約までいく確率があがっていました。

 

実際にその場にいて経験してみないと「ホンマかいな?」と思うところですが、営業される側にも、「この営業の人は他の人となんか違う」という感情が芽生えるようです。

 

先程も言いましたが、営業する側とされる側の経験値が違いすぎるので、これが成立してしまうんですね。

 

なので、断るときはとにかく余計なことを言わないことです。

無表情で、というのはこれも営業する側からのツッコミどころをなくすためです。

「なんで笑ってるんですか」

「こちらは一生懸命やってるのにふざけてるんですか?」

みたいに持っていかれるのを防ぐためです。

 

自分の経験上ではこれで大丈夫なはずですが、世の中には悪いことを考えるのが天才的な人がいるので、とにかく接点を持たないようにして、接点が出来てしまったら、とにかく1点ばりで断りましょう。

 

 

 

 

 

それと、物を買わされそうになったときに「お金がない」がそれほど断り方として強くない理由を、解説します。

 

このことについては、国民生活センターの注意喚起事項の例を引用します。

www.kokusen.go.jp

 

そうです。借金させるのです。

 

お金がない

→ じゃ借りてきましょう。

 

という持っていきかたです。

 

先程の通り「お金がないから買わない」は断っているようで、逆に「お金があれば買う」というふうに持っていかれてしまいます。

 

たびたび繰り返しになりますが、「余計なことを言わない」というのがわかっていただけると思います。

 

 

自分の客側の経験です。

 

ある日某エステの無料体験が当たって、のこのこ出かけていったのですが、案の定終わり際にかなり強引に契約を迫ってきました。

 

なんとかコースが何回で総額50万くらいだったような気がします。

やぐら「お金ないですね」

エステ嬢「ローン組めば大丈夫です」

やぐら「債務整理しててローンは無理ですね」

エステ嬢「(やや顔が引きつる)」

やぐら「それでもローンが組めるとかなら、そうとう怪しい金貸しですよね?」

エステ嬢「(さらに顔が引きつる)」

やぐら「あきらめないなら上の人出してくださいよ」

エステ嬢「わかりました。帰って結構です」

 

ということで、無事脱出してきました。

 

ちなみにこの会社はTVCMとかもやってて、とりあえずは乱暴なことはしてこないだろうという読みでしたが、聞いたことない会社なら危なかったかもしれません。

(もしそうなら最初から行かないと思う)

 

このエステは今も会社自体は存続していますが、うちの地元の支店は撤退してしまったので、長期のローンを組まされた人はどうしたんですかね。

(まともなら返金しているはず)

 

まあ、原則を言えば、「営業」って黙ってたら売れないモノなんですよね、結局。

 

自分が興味があるものなら、営業に乗ってもいいですが、そんなの良いものなら広告だけでかなり売れてるはずですけどね・・・

 

不動産にしても立地や価格、間取りが良ければ広告だけで売れるケースがいくらでもありますからね。

 

何回も繰り返しになりますが、必要ないと思ったものはきっぱりと、そして淡々と断っていきましょう。

 

今回は以上です。

 

では

 

 

 

 

「仕事の出来る上司」とは、能力が高い会社が生み出すものである。

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こんにちは やぐらです。

 

最近、人間関係とか会社組織とかいろいろ調べてましたら、どうにも疑問に思うことがあります。それは「上司」という生き物についてです。

 

個人的には、あまり大きな会社で働いたことがないのでよくわかりませんが、(一部上場企業のアルバイト、みたいなのならある)どうにも「上司」についていい話というのを聞きません。

 

転職を何回かしてますが、その職場での最後は、やはり「どうにもならないおかしな上司(あくまでも主観)と、ぶつかってしまう」というのがほとんどです。

 

どうも「聞き流す」というスキルが全くないので、「えっ、それって法律違反でしょ?」みたいなことがついつい口からあふれでちゃうのです。

 

なので、自分に対する他人の評価は、ほぼ2分してまして、

・「真面目な正義感の強い人」

・「うまく立ち回れない社会人として、やや欠陥のある人」

となっているようです。

 

(もしかしたら2つは同じことを言ってるのかもしれない)

 

高校卒業してから20代半ばまでは、「聞き流す」も「愛想笑い」もしっかりやっていたはずですが、あるとき気が付きました。

「結局そんなことをやってもやらなくても、変な人に当たると全く関係ない」

ということです。

 

 

 

 

特に責任の押し付けみたいなことは、頻繁にありました。

 

会社から雇用されているはずなのに、

「会社から自分で自分の身を守らないといけない」

というおかしな状況になっているのですね。

 

つまり、会社が守ってくれないのです。

 

 

会社が責任を求めて来たときに、ちゃんと自分の責任をはっきりさせておくように、というプラスの意味なんでしょうが、その時いた会社の同僚は、

「上司、会社の指示通りにやっても、トラブルが起きると、個人のせいにしてくるからな~」

と、ブチギレつつも大人の対応をしているのを見ると、

(人間ができてるな~)

としか思いません。

 

 

 

 

「会社の指示通りにやっていれば、間違いが起きるはずがない。間違いが起きるのは完全に個人のせい」

 

とはっきり言ってくる職場もありました。

 

これにはちょっと疑問を感じましたので、

 

やぐら「では、管理職は間違いが起きないように管理しているのか?」

と聞いてみたら、

 

管理職「今言ったとおり、ちゃんと指示通りにやっていれば、管理とかいらない。完全に個人が悪い」(この文面を以下「セリフA」とします)

 

とのお答え。

 

さらに突っ込んで聞いてみました。

 

やぐら「人間だからどれだけ気をつけていても、間違いが必ずあるはずだけど?」

 

というと

 

管理職「セリフA」

 

やぐら「統計をとるとデータが多くなればなるほど、ミスの出る確率、件数は、ほぼ決まってくるはずだけど?」

 

管理職「セリフA」

 

やぐら「ミスが多い人と、少ない人との評価、指導に差はつけているのか?」

 

管理職「セリフA」

 

こんな感じでした。実際に一字一句そのまま同じ返答が返ってきました。

 

これはほんとにびっくりしましたね。管理職自身が、自分の存在意義を否定しているようにしか思えないんですけれど・・・

 

 

こういう人しか見たことがないので、本で読むような「PDCA」とか「なんとかのフレームワーク」とか、「前向きに検証するような作業」というのが実在するのか、かすかに疑っているところもあります。

 

この会社では、一応ミスが起きたときにトヨタ式の「なぜなぜシート」を書かされていましたが、システムの不備について書くと、なぜか書き直すように言われます。

 

書き直すのには、結局その担当個人が悪いとしか書きようがなくなってしまって、「結局その個人が悪いってなるんなら、こんな制度やめればいいのに」と、かなり不評でした。

 

参考までに、トヨタではなぜなぜシートの結論を「最終的には個人のせい」にするのは、ご法度だそうです。そもそもの目的がシステムの不備を見つけるためのものなので、個人のせいにすることは、趣旨が違うのです。

 

 

 

 

 

 

この会社では、かなりの人数の上の役職の人とケンカしました。

 

色んな人とケンカしているうちに、いままでうっすらしていたものがはっきりしてきたことがあります。

それはその人達と自分とで、言葉の定義、価値観、考え方、道徳があまりに違うということです。

 

例えば「仕事の出来る上司」とはどういう人のことを言うのか?

 

一般的には、会社の仕事に精通していて、目標目的を達成出来る、部下・後輩を助ける、などでしょうか。

 

これは自分と会社側とで、考え方は基本的には変わらないはずです。

 

一番差が出やすいと思われるのが、営業成績、売上に関するところ。

 

目標が達成できていれば良いのですが、出来ないときにどうするのか?

 

目標を達成できていない部下などがいる上司の場合、会社になんと言うか?

「今月目標達成出来ませんでした、来月なんとかさせます」

 

と、頭を下げて済むことはまずないです。

 

会社からは

「できないとかいらない。なんとかして」

と言われるだけです。

 

そこで、一般的には部下をフォローし続けるのが「いい上司」なんでしょうけれど、会社からのプレッシャーに反抗出来る人はそういません。役職が上がるにつれどんどんいなくなります。

 

そして、上司から部下には

「わかってるな」

ということで、”通常ではない営業方法”をとらせるようなところも多くなります。

 

こういうとき結果として、見た目の成績は達成されますから、会社からその上司は評価されることになります。しかし、部下からするととてもいい上司には思えません。

(というより会社に対する不信感が増すだけと思う)

 

個人的に不動産営業時代に、成績が出ないときは朝6時から夜3時くらいまで営業の電話をかけさせられましたし、不動産はさすがに自腹は切れないので、何やらあまり聞いたことのない保険とか入らされたりしました。

 

(暴力的なことも多かった)

 

これは、どう見ても社長に対するアピールでしかありません。

社長は常々言ってました。

「おれは契約が欲しくて、休日とか2ヶ月に1日しか取らなかったし、終電で帰ったこととかほとんどない」

(地方の方のために説明すると、東京などだと通勤のために電車に乗ってくるわけですが、だいたい最終電車の時刻が午前1時前くらい。要は電車で帰ろうとか気にしながら仕事をしたことがない=もっと遅くまで仕事してる、という意味)

 

 

 

 

 

で最後に、

「おまえら金欲しくてうちに来たんだろう?契約ほしくないの?だったら契約とれるまで働くのが普通だろ?」

と言うのでした。

 

この社長は、営業時代在職していた会社のあらゆる営業成績を塗り替えて来たらしく、業界でも結構有名な人だったようです。

 

こういう人は「仕事の出来る人」「仕事の出来る上司」という評価でしょう。だだ、人間として憧れるかどうか・・・こうなりたいと思うかどうかです。

 

ということは、仕事の出来る上司というのは、人間的に評価されているかどうか?人間として憧れるような人なのか?というのが、まずベースになるわけです。その上に仕事が出来る、成績がいい、部下を育てるのがうまい、となります。

 

たまに見かけますが、

「人間としてはクズだが、ものすごい仕事ができる」

という人がいます。

 

実はこういう人は、「会社組織」では、やはり不必要とされます。

特にあまりに協調性がない場合などは、営業成績関係なく部署異動させられたり、最悪何かしら理由をつけられて「クビ」とかもありえます。

 

ただ、こういう人の場合、会社にいない方が実は稼げる人だったりするので、自営とかならもっといいんでしょうけれど、「上司」としては合わないです。

 

以上、自分の上司が仕事が出来る人なのか、どうかの判断基準を書いてみました。

 

まず、上司個人の評価とともに、会社自体の評価も考えておきましょう。

「下っ端が評価しても・・・」

と思いますが、仕事の出来不出来は、上司個人の能力よりも、会社の方針のほうが影響力が大きくなります。

 

上司の裁量があまりに狭いと、上司として機能しなくなります。

(更に上の上司の判断次第になる。上の上司の行き着くところは最終的には社長)

 

仕事があまり出来ない上司、という印象でも、そもそもの権限がほとんどない、という場合もあるので、上司の仕事ぶりは日頃から観察しておくに越したことはありません。

 

これを読んであなたの会社生活が少しでも快適になることを願います。

 

では。